イニシャルが同じ人
1週間の仕事を終え、電車にゆられていた金曜日の夜のことだった。
体にはすっかり疲労がたまり、睡眠不足もあって、私は椅子に座りたかった。
だから、私は吊革につかまりながら、目の前に座る60代くらいのおじさんのことを見ていた。
彼がいつ降りるのかその仕草を観察していた。
彼は白いワイシャツに紺のスラックスをはいていた。
カバンはちょっとくたびれた黒い皮でできていた。金のおしゃれな金具がついていた。
居酒屋が似合いそうな雰囲気のあるサラリーマンのおじさんだった。
ふと、彼のワイシャツの左腕に目がとまった。
薄緑色の糸でイニシャルが刺繍されていた。
H.M.
私とおなじだ。
ちょっと仲間意識がめばえて、微妙にうれしいきもちにもなった。
突然、彼は自分の指で、自らの八重歯をつかんで押さえた。
その顔はとても険しそうだったので、おそらく歯が痛いとかそういう状況だったのだと思う。
15秒くらいずっと指で押さえて、目をぎゅっとつぶっていた。
すると彼の指が歯からすっと離れた。
彼は自分の指の匂いを嗅いだ。
私と同じイニシャルの人。
by harunam28
| 2010-07-31 22:30
| ■風景